なんちゃって田舎暮らし 別館

当ブログは、我が家のWebサイト「nyaponとnyamoの なんちゃって田舎暮らし」の日記別館です。

カテゴリ: 汽車

日曜も、目が覚めると雲一つない快晴。
昨夜ゲリラ的な豪雨があって、路面はウェットだけど。
この天気ならすぐに乾くだろうと、出発準備を。
昨日は緑のたぬき号と遊んだので、今日はこまち号だ。

朝日が眩しい6:00に出発。
R412からR129に乗り継いで、海沿いの湘南道路R134へ。
今日は、湘南方面で「鉄分補給」をしてこようと思う。

江の島をかすめてR467に左折するとすぐに・・・
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 江ノ電の併用軌道区間♪

右手には江ノ電の先頭部がある、「江ノ電もなか」のお店。
ここは後で見物に来るとして、まずは湘南モノレールへ。
少し前に鉄道旅の番組で取り上げられて、見たくなった。

数少ない「懸垂式」モノレールなので、インパクト大。
最近は、アトラクションとして乗りに来る人も多いとか。
nyamotaも、番組を見て「乗りたい!」と騒いでいた。
nyaponは、千葉市のものなら乗ったことがあるのだけど。
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 「来たぁ!」(笑)

このあたりの区間は、住宅街の道路上を走っているので、
頭の上を通過していく列車を真下から眺められる。
都会のビル街でなく、閑静な住宅街というのが面白い。
子供の頃の絵本では、「未来の鉄道」的に紹介されていた。

湘南江の島駅に向かって結構急な勾配を下っていくので、
先頭に乗るとジェットコースターみたいだろうな。
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 住宅街に「未来の鉄道」

そして、撮影スポットとして有名な場所に到着。
地平の片瀬山駅から道路上の高架に上り始める地点で、
高さ制限3mという至近距離の頭上を列車が通過する。

もちろん、ぶつかる訳は無いのだけど、
感覚的には手を上に伸ばしたら車両に触れそうな迫力。
初めて来たけど、思わず首をすくめてしまう・・・。
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 「うおぉーっ!」(笑)

朝7時台で、列車が3,4分おきに行き交うので飽きない。
あまりに楽しくて、30分以上ずっと見物していた。(笑)
nyamotaを連れてきてやったら、喜びそうな場所だな。

また、モノレールと頭上ですれ違いながら帰途に。
先ほどの併用軌道区間で、江ノ電の通過も見て行こう。
江ノ電色の4連が見られてご機嫌♪ 鉄分補給完了!
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 4連が来たっ♪

帰りも、朝日に輝く相模湾を横目にR134で。
江の島に渡るクルマ、水族館に来たらしいクルマが多い。
そして、西行き東行きともバイクも多い! 
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 江の島!

久しぶりに平塚方面を通るので、おやつを買って帰ろう。
神奈川では黄色い自販機がおなじみの「湘南クッキー」。
そのアウトレットショップが、R129沿いにある。

コインロッカー式の自販機で、「お楽しみセット」を。
賞味期限が近付いたもの、通常1000円分のセットが500円。
これで、本日のお土産も確保♪
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 アウトレットも無人販売

定番ルート、伊勢原を抜けて宮ヶ瀬経由で帰ろう。
お山が近くなると、すれ違うバイクも増えてきた。
やはりお約束、「カブで来ない日はカブが多い」だ。

空は変わらず快晴、土山峠のクネクネもご機嫌で。
対向車線は、パトカーが先頭の大名行列もあったけど。
制限速度30km/hの区間が続くからなぁ・・・。(苦笑)
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 ブンブーン♪

宮ヶ瀬湖畔に出てからも、自転車、バイクが行き交う。
帰宅してから、GoProで撮った映像を見返していたら、
マスツーの皆さんに手を振って頂いていたのに気付いた。

3台のタンデマーの方が手を振ってくださっていたのに、
数台の自転車をパスするために左側に注意していたので、
対向車線を気にしていなかった。 失礼しました!
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 ごめんなさい、気付きませんでした

ちょうどオープン直後の時間帯になったので、
昨日に続き、いつもの駐車場にも立ち寄ってみるも・・・
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 「混雑のため通過致します」

ちょうど10:00に無事帰宅して、快晴の朝の湘南散歩終了。

「宣言解除」の今週末も、結局神奈川県内で完結したけど、
秋空の下、そろそろ隣県にも足を延ばしていこうかなと。
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 本日のおみやげ

雑誌の購読サイトで目についた旅行雑誌、「旅の手帖」。
汽車旅派だった小中学生のころ、よく読んだものだ。
懐かしいな! 紙媒体の衰退が激しい中、頑張ってるのね。

時刻表も発行する交通新聞社の雑誌で、JRグループ協力。
昔は当然「国鉄協力」で、出版社名も「弘済出版社」だった。
確か、国鉄全線乗りつぶしを目指すキャンペーン、
「いい旅チャレンジ20,000km」の事務局にもなっていた。

今にして思うと、旅の手帖を買って読む小学生とか、
ませているというか、親父くさいというか・・・。(苦笑)

まあ当時は、終日列車に乗り続け、夜は駅の待合室のベンチ。
記事のような街歩きなど、数えるほどしかしなかったけど、
ネットなど無い時代、とにかく書籍や雑誌を読み漁ってたな。
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 「旅」が足りていない・・・

いつまでも断続的に続いている、緊急事態に外出自粛要請。
旅好きとしては、そろそろ禁断症状が出始めて・・・。
「遠くに行くのだけが旅ではない」のは分かっているけど、
ずっと県内縛りのお散歩が続いて、体が旅を欲している。

美しい紅葉の表紙に魅かれ、「旅欲」に負けてポチっと。

特集は、文化庁が認定する「各地の歴史を通じて魅力的な
文化や伝統を語るストーリー」である、日本遺産。



来週からは10月に入って、いよいよ秋も深まってくる。
汽車旅やキャンカーでのクルマ旅はもちろん、
バイクでも、歴史や文化に触れる旅に出られるといいな。

「20日前までに予約すると、JRの特急が半額!」
「よし、どこかに(笑)行くぞ!」
しかし、すっかり油断していて、キャンペーン終了間近に。

「E351系の頃以来の「あずさ」(以前は「スーパーあずさ」)
に乗って、高速コーナリングを堪能しよう!」とnyamo氏。
あの時は、今回は留守番のnyapotaが0歳児だったな・・・。

「当然、新宿-松本間の全区間乗車に決まってるじゃん」と、
早速、新宿までの往復のロマンスカーも予約していた。
土曜朝、まずは海老名から小田急のロマンスカーで新宿へ。
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 「おっ、VSEじゃん♪」

nyamo氏が、何だか得意気に席に案内すると思ったら・・・
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 最後尾の展望席!

しっかり、1号車 1A,1B,1C を予約していた。(笑)
残念ながら、先頭は取れなかったらしいけど、
展望席が初めてのnyapota氏は、終始ご機嫌だった。

新宿で中央線特急ホームに移動して、駅弁屋さんへ。
これも楽しみだった♪ 汽車旅でコンビニ弁当は無い!
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 特急 あずさ 19号 松本行き

11:30 新宿を定刻に発車・・・、と同時に駅弁を。(笑)

nyamotaは「チキン弁当」、nyamoは「とりめし弁当」、
そしてnyaponは「たけのこ おこわ弁当」。
本当に駅弁って、なぜか冷めていてもうまうま♪
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 汽車旅の楽しみ!

E353系に乗るのは、3年前のnyamotaとの日帰り旅以来。
あの時は、特急かいじ号としての短区間だったので、
山岳区間で車体傾斜装置ONの高速コーナリングは初体験。

つい「振り子式車両」と言ってしまいそうになるけど、
前のE351系と違ってエアサス(鉄道では「空気ばね」)
を使って傾斜させる構造なので、「振り子式」ではない。

八王子を過ぎて山岳区間に入り、本気を出し始めた。
車端部の席なので、カーブの度に足元の台車から音が。
「カチッ! プシュー、プシュッ!」
車体がグイッと傾いて、高速のまま通過していく。
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 ※イメージ (こんなには傾きません・笑)

実際に傾くのは1.5度だけど、乗っていると結構傾斜する。
「傾くねぇ♪」 隣で、鉄子のnyamoが一番嬉しそう。(笑)
バンク感なら、JR北海道のディーゼル特急の方が上かな。
あちらは、エキゾーストノートも聞こえてバイクみたいだし。

制限速度+25km/hでの曲線通過が許されている、この車両。
笹子峠に向けてのワインディングも、100km/h前後の高速で。
スマホのマップアプリで通過中の線形を確認したり、
速度計アプリで通過速度をモニタしたり、忙しい。(苦笑)

こんなご時世ではあるけど、
乗車率は、一番混んだ八王子-甲府間でも3,4割くらいか。
車内販売は休止で、座席の向かい合わせ利用はNG。
まあ、その辺の通勤電車より、よほど安心感あり。
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 「カッコいいね!」

「まつもとぉ~」
松本名物、独特の到着アナウンスでお出迎え。

さて、特に観光をする予定はないので・・・、(苦笑)
駅ビルのカフェでお茶休憩をしたら、ホテルへ。
夕食を兼ねて少し街歩きをして、あとは部屋でのんびり。
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 「昔の駅の看板だって」

日曜朝、再び駅へ。 お土産を買って、ホームで電車見物。
中央西線方面への直通列車もあるので、JR東海の車両も。
ちょうど、向かいのホームに特急「しなの」名古屋行きが。
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 これは「制御付き自然振り子式」車両

隣のホームに到着した「あずさ」は、付属編成付きの12両。
だけど、昨日のも今日乗るのも、基本編成のみの9両編成。
連結好きのnyamota氏は、少々残念だった模様・・・。

それでも、今日乗る「あずさ18号」は特別な列車。
途中の停車駅が茅野、甲府、八王子のわずか3駅のみで、
新宿まで2時間23分で走破する、最速の「あずさ」号。
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 「あそこを通ってみたかった・・・」

10:10 松本を定刻に発車。

松本を出ると、塩尻にも岡谷にも停まらない。
直線の塩嶺トンネルは、もちろん全力疾走で通過。
甲府盆地に向けて、車体を傾斜させて駆け下りていく。

E353系の設計最高速度は、130km/h。
長いトンネル内や平地など、線形が良い区間は全開!
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 ただいま、最高速度で走行中

やはり、甲府から八王子にかけてのワインディングも、
「プシュー、プシュッ!」と車体を傾けながら疾走。
最近の停まり過ぎな特急と違って、「特別急行」らしい
数の停車駅のみで中央東線を駆け抜け、新宿に到着した。

また帰りも、海老名までの小田急線はロマンスカーで。
入線してきたのは・・・
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 初めて乗る「赤いやつ」、GSE♪

GSEが発表された時、連接車体でなくなったと聞いて、
あの「カタン、カタン、カタン、カタン!」という、
独特の通過音じゃなくなるのが寂しいなと思っていた。
ホームドア対応など、編成の統一は必要なのだろう。

先頭車両に展望席が設けられたのは、やはり嬉しい。
週末、温泉や観光を楽しみに箱根に向かう列車は、
EXEやMSEのようなビジネス特急とは違うのだから。

しかし、この真っ赤な流線型車体、nyaponの世代には、
どうしても名鉄パノラマカーに見えて・・・。(苦笑)
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 海老名では、GSEの離合♪

雨の海老名駅に無事帰着。 nyamotaの大好きな、
ミュージックホーンを鳴らしながらの発車を見送って、
1泊2日、特急「あずさ」& ロマンスカーの旅も終了。

列車に乗るのだけが目的のつもりで出かけた旅ながら、
家族みんな大好きで、我が家に常備されている、
「ハルピンラーメン」を仕入れられたのが収穫かな。

まあ、松本じゃなくて諏訪のご当地ラーメンだけど。(笑)

毎年この時期、JR各社から春の臨時列車に関するリリースが。
そんな中で、JR東日本のリリースの中に寂しい発表があった。
東京-大垣間の夜行快速、「ムーンライトながら」の運転終了。
昨年春の運行が最後となり、今後は設定されないらしい。

繁忙期に運転され、青春18きっぷの愛用者に人気だったけど、
「お客さまの行動様式の変化により列車の使命が薄れ・・・」
「使用している車両の老朽化に伴い・・・」とのこと。



最近は特急型車両による全車指定席の臨時列車だったけど、
nyaponの世代にとっては、無名の「大垣夜行 340/345M」。

急行型165系のボックスシートで、エビのように眠ったもの。
繁忙期などは、席確保のために何時間も前から行列したり。
割安なグリーン車も人気だったけど、貧乏学生には・・・。
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 これは165系と同型の169系

記憶に残るのは、初の北海道旅に向かうために乗った時。
1986年の春、「国鉄」の終焉まであと1年となっていた。
理由は忘れたけど、大阪から米原の間で列車が遅れて、
米原から大垣までは、特急「しらさぎ」に飛び乗った。

間に合う乗り継ぎ列車が本当に無かったのか、
少しでも早く大垣に着いて、席を確保したかったのか。
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 スタート早々、700円の出費(苦笑)

21時過ぎに大垣発、翌朝4時半くらいに東京着。
どこかで食べた駅そばの出汁で、関東にいるのを実感した。

確か、常磐線経由で鈍行を乗り継いで夜には青森に。
青函連絡船の深夜便から、お約束の「函館ダッシュ」。
確保した始発特急の自由席で、初めての北の大地を眺めた。
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 記念に1枚余分にもらってきたやつ(笑)

10日間ほど道内を乗り回って、再び連絡船で青森へ。
夜行急行の自由席で上野まで戻ってきた。
東北本線経由の「八甲田」、奥羽本線経由の「津軽」、
常磐線経由の「十和田」、どれに乗ったか覚えていない。

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 【1/24 追記】
  周遊券に秋田駅の途中下車印を発見したので、
  奥羽本線経由の急行「津軽」で帰ったことが判明。
  10分の停車時間に、改札まで走ったんだな。(笑)
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東京で夜まで時間をつぶした記憶はないので、
大垣行345Mでなく、昼間に大阪まで乗り継いだのだろう。
始業式の日の直前まで、放浪していたのだろうし。(苦笑)
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 既に過去帳入りした駅名も多い

この北海道旅の写真は全く残っていないのだけど、
途中下車印のたくさん押された周遊券の他に、
大垣夜行に乗り継ぐために車内で買った特急券、
記念にと余分にもらってきた乗船名簿も残っている。

寝台列車とはまた違う、夜行列車の座席のあの雰囲気。
レールサウンドが心地良く、高速バスともまた違って。
旅に出るのに、良くも悪くもスマホなんてものは持たず、
車窓を流れる灯りを眺め、色々なことを考えたあの頃。

本当に「使命が薄れ」てしまったのか分からないけど、
青春時代の思い出の残る列車がまたひとつ・・・。

神奈川を含む1都3県は「緊急事態」な、この連休。
nyaponもnyamoもカレンダーどおりに休暇を取っていて、
「クルマ旅初めにでも」と思っていたのだけど・・・。
こんな時には家でゆっくり、昨年末からの宿題を。

11月のツーリングでめぐってきた、茨城県の鉄道廃線跡。
その時に撮った現在の写真と現役時代の写真を並べて、
定点観測風にして本館サイトにまとめておきたかった。

まずは、日立電鉄の定点観測まとめ(@本館サイト)
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 日立電鉄(2005年4月 廃止)

そして、鹿島鉄道の定点観測まとめ(@本館サイト)
21011002
 鹿島鉄道(2007年4月 廃止)

2004年12月に撮影した画像を、引っ張り出して比較。
そのまま残る風景も、まったく消えてしまった風景もある。
列車の撮影の合間に撮った、オフショットも懐かしい。
当時乗っていたキャンカーとか、まだ若いゆずさんとか。

しかし、一番変わったのは自分たちだったり・・・。
当然ながら、16年前はnyaponもnyamoも若いな。(苦笑)
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 nyamoも、ゆずさんも若いな

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 「お前もな・・・」(苦笑)

年末のお墓掃除も無事に終了したので、翌日は自由日に。
初めてとなる、京都鉄道博物館へ行ってこようかと。
毎年必ず「阪急電車に乗りたい!」というnyamota氏。
今年も到着日からうるさかっけど、やっとご機嫌。(笑)

アンゴラ山羊の毛のシート、木目調のシックな内装
いつもピカピカなマルーンの車体と梅田駅ホームの床。
いまだに阪急ファンの父ちゃんも、もちろんご機嫌♪
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 やっぱり阪急電車が好き♪

隣のホームに、「京とれいん 雅洛」が入線してきた。
特別料金不要で乗れる、京都線の観光列車。
「何これ、私も乗れるの!?」「これ乗ろっ!」
nyamo & nyamota が走って行ってしまった・・・。
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 nyamo「何? このすごい電車!」

6300系を改造した「京とれいん」は知っていたけど、
よく見ると、これは7000系が種車になっている。
もう1編成、「雅洛」というのできて運用していたのね。
なるほど、3扉車なので中央扉が埋められているんだ。
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 快速特急という種別で、特別料金は不要

各車両の車内を見物しながら、nyamo達を追いかける。
畳調のボックスシートや、窓向きのカウンター席、
枯山水や坪庭の配された車両まであるぞ! すごいな♪

通勤電車ですら、桁外れな内装の質感を誇る阪急電車。
その阪急が特別車両を作るとこうなる・・・。
nyamota以上に、nyamoがすっかりご機嫌だ。(笑)



十三までの三複線区間では、神戸線・宝塚線と競争を。
学生の頃は、三線同時発車が楽しみだったなぁ♪

また京都線名物、山崎付近の新幹線との並走区間では、
お約束の追い抜きシーンもあってnyamotaもご満悦の様子。
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 「すごい電車だね!」

桂駅で下車して、バスで梅小路公園まで。
山陰線に新しい駅ができて、デルタ線も無くなった?
そして少し歩いて、隣接する京都鉄道博物館に到着。
京都の方は「てっぱく」とは呼ばないのかな。

梅小路蒸気機関車館の頃以来となるここ。
拡張リニューアルで鉄道博物館となってからは初めて。
子供の頃親しんだ、大阪弁天町にあった交通科学館から
継承した展示車両も多いらしいので、ちょっと楽しみ♪
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 まずはエントランスで記念撮影

コロナ対応で、入場は原則として前売り券所持者のみ。
体験展示は一部中止されていたり、抽選制だったり。
館内も混雑というほどではなく、ちょっと安心した。

本館に入って最初の展示車両は、新幹線500系。
やはりJR西日本の施設としては、エースはこれ。

「別に鉄道は・・・」という長男nyapota氏だけど、
500系だけは好き。「スタイリッシュだぁ」と。(笑)
2年前は、姫路駅へハローキティ号も見に行ったな。
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 これは兄貴も好きなやつ(笑)

近代化遺産、文化財的な展示物は、大宮の方が多いかな。
それでも、西日本地区由来の車両が多くて楽しい。
関西出身の鉄としては、こちらの方が親しみは感じる。

大宮のてっぱくには、増築されてから行けてないけど、
こちらの方が面積が広くて展示車両も多い気がする。
各形式のトップナンバー車が多いのも面白い。

電機では、EF65のトップナンバーやEF58 150とは、
1986年の国鉄吹田機関区 撮影会以来の再会だった。
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 交通科学館以来の再会となるキハ81(右)

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 父ちゃん世代のアイドル「ゴハチ」ことEF58(左)

DD51とEF66は、かさ上げ展示が興味深い。
機関車の下側をじっくり見られる機会など無いので。

実は、ここが平安京の朱雀大路の跡に位置していて、
その地下遺構を傷つけないためのかさ上げ展示とのこと。
さすが、どこを掘っても遺跡が出てくる奈良・京都だ。
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 ロクロクを下からじっくり♪

鉄道系の博物館といえば、巨大ジオラマ。
もちろん、観覧席はソーシャルディスタンスを保って配置。
主に、JR西日本と関西の私鉄のHOゲージ車両が走行する。

今年は「新快速電車 運転開始50周年」で、企画展示も。
父ちゃんは、新快速といえば153系・117系の世代。
昔から「特急より速い」というのが、関西人の自慢だった。
以前は特急・新幹線停車駅の新大阪すら通過したから。
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 正面席は混んでいたのでサイドから

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 153系 新快速「ブルーライナー」が懐かしい

レストランや屋上からは、隣接する東海道線がよく見える。
新幹線も在来線も数分おきに列車が行き交い、
nyamota氏は「ここ、パラダイスじゃん♪」と。(笑)

新幹線なら、大宮の方が様々な形式を見られるけど、
nyamotaはまだ小さい頃なので覚えていない。(苦笑)
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 あっ、N700S 初めて見た!

最後に、旧蒸気機関車館のエリアへ。
ここの扇形庫は、重要文化財であり土木学会選奨土木遺産。
そして、梅小路運転区として現役の施設でもある。

10月に不具合が発生したという、やまぐち号のC57 1も
冬の里帰り中だったけど、来年以降は大丈夫なのかな?
もう何度も、故障と修繕を繰り返してるから・・・。
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 機関車「館」が「庫」になってた

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 こういうの大好きな人(笑)

本当は、ミュージアムショップも楽しみにしていた。
しかし、コロナ対応で整理券による入場制限中。
「また、今度の機会にしようか」と、博物館を出る。

この後、梅小路公園内の京都水族館も見学する予定。
バッテリー式で動態保存された、京都市電で移動する。
明治村のものと違って、わずか210mではあるけど。
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 もちろん発車時は「チンチーン♪」

水族館見学後、京都駅までトコトコと街歩き。
そして、相変わらず古都らしくはない京都駅舎に到着。
目の前の京都タワーも、昔から色々言われていたけど。

行きは阪急だったので、帰りはJRで大阪まで。
大阪駅も、昔の汽車駅の風情が無くなって久しい。
もう関西人でもないnyaponだけど、ちょっと寂しい。

最後は、やはりマルーンカラーの阪急に乗ってホテルへ。
551蓬莱の豚まんの香りをプンプンさせながら。(苦笑)
今日は、電車三昧の一日でした♪

秋のツーリングを検討していた時、宿泊と組み合わせると、
高速道路の「二輪車ツーリングプラン」の料金にも、
GoToトラベルの割引が適用されるということを知った。
もちろん、地域クーポン券の還元の対象にも。

よし「東北道・常磐道コース ミニ」で、茨城に行こう♪
月曜日に休暇を取って、日・月の2日間で。
まずは、ずっと見たかった産業遺産の見学に、日立市へ。
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 最近、コーヒーよりお気に入り

まだ暗くて寒い、日曜の朝6時前に出発。
本当に寒くて、トンネルに入った時の暖かさが嬉しい。
圏央道 菖蒲PAまでがんばって、朝ごパン休憩。

つくばJCTから久しぶりの常磐道に入っても順調に。
日が出てもやはり寒く、友部SAでスープ休憩。
コーラの自販機で買えるこれ、最近のお気に入り。

目的地よりひとつ手前の日立南太田ICで降りてR6へ。
直行すると、ツーリングプランが適用されないので。
日立中央ICの横を抜けて、山の方に向かう。
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 日立鉱山電車の橋梁遺構

左側は、日立駅と日立鉱山を結んでいた鉱山電車の廃線跡。
そして、右手にJX金属(旧 日鉱金属)の工場が広がると、
山の上の方には・・・
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 日立の「大煙突」

ずっとこれを見たかった。
1993年の倒壊で1/3の高さになってしまったとはいえ、
昔から街のシンボルとして市民にも愛されていたのだと。

環境問題への対策としての一大プロジェクトながら、
大煙突での排煙拡散は、やはり当時も賛否両論あったそう。
鉱山跡地にあり、その歴史も学べる「日鉱記念館」へ。
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 模擬坑道

本館には、「日鉱」「日立」「日産」と付く多くの企業の
ルーツとなる、日立鉱山の歴史や鉱山のくらしなどなど。
大煙突建設の経緯や、倒壊前の姿も見ることができた。

敷地内の木造のコンプレッサー室はそのまま保存され、
鉱山資料館として削岩機や鉱石標本などを展示。
この建屋の構造自体も、とても興味深いものだった。
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 鉱山資料館

その後、山を越えてR349に抜け、常陸太田市街へ。
この時期ここに来たからには、ランチは「常陸秋そば」♪
最初に立ち寄ってみた店は、コロナの影響で休業中。

「確か、道の駅でも食べられたはずだぞ。」
急きょ行ってみたら、ちゃんと目の前で蕎麦打ち中。
「新そば」の幟も出ていて、ご機嫌に。
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 うまうまでした♪

午後は、廃線跡めぐりの予定。
2004年12月に茨城のローカル私鉄めぐりをした。
その後廃止されてしまった、2つの路線に再訪してみよう。
その時撮影した場所の現況も見てみたいし。

まずは、ここ常陸太田と鮎川を結んでいた日立電鉄。
上記リンク1枚目の写真の橋梁に行ってみたけど、
橋脚どころか橋台の痕跡すら、一切残っていなかった。

道路を越える部分の橋台は現存していたけど、
土手の整備工事が進行中だったので、いつまで残るか。
20112907
 奥の川の方は痕跡無し

続いて、R293の跨線橋から撮影した場所。
こちらは、線路跡が立派な道路に転用されていて、
16年前に見た、列車が走っていた情景を思い浮かべられた。
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 2004年12月

20112909
 2020年11月

次は、鉾田と石岡を結んでいた鹿島鉄道の廃線跡へ。
日立南太田ICから常磐道、北関東道、東関東道を乗り継ぎ、
一気に鉾田まで。 乗り放題のツーリングプランを有効活用。

最初に、温泉施設に保存された車両たちと再会。
定期的に公開したり、大切にされているようで嬉しい。
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 保存状態は良好で

車両を見た後、現役時代に立ち寄ったことは無いものの、
ホームがそのまま残っているという2つの駅跡を訪問。
途中で見える、鉄橋の遺構に立寄ったりしながら。
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 坂戸駅跡

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 小川高校下駅跡

その後は、じっくり撮影した常陸小川駅跡へ。
貨物上屋も残り「鹿島のカバさん」も保存されていた。
あの頃、クルマはキャラバンで、ゆずさんも若かった。

現在はバスターミナルになっていて、面影は無し。
ただ、駅裏の住宅には当時から建っていた物もあり、
何とか定点観測風の写真は撮ることができた。
20112913
 2004年12月

20112914
 2020年11月

当時の写真には、通学中の高校生も写っていたけど、
彼ら彼女らも、もう30歳以上になっている。
沿線の高校生が存続運動を続けていたのを思い出す。

最後に、航空写真で目を付けていた場所へ。
踏切跡にまだレールが残っているはず!
20112915
 あった♪

このあたりから先、石岡まではバス道路に転用された。
その様子を、並走する国道から眺めながら進む。

暗くなる前に石岡市街のビジホにチェックインして、
無事に初日は終了。

以前からの趣味のひとつである、鉄道の廃線跡めぐり

昨年の3月には、奥三河ツーリングのメインテーマとして、
豊橋鉄道 田口線の廃線跡をめぐってきたけど、
狭い道でも入って行けて、遺構を見つけたら気軽に停車、
Uターンもラクチンなバイクは「相性が抜群だな!」と。

やはり同好の士には、同じ意見の方がいらっしゃった。
定期購読しているツーリング雑誌をめくっていると、
「バイクで行く廃駅・廃線めぐり」という本の紹介が。
栗栖国安さんが「旅と鉄道」誌に連載していたものだと。
20110701
 早速、お買い上げ♪

徒歩が前提の廃線跡本は今までもたくさんあったけど、
「廃線跡めぐりツーリング」の本は初めてで面白い。

藪をかき分けて前進したり、崖を登り下りするような
「探検」まではするつもりはないので、
ちょうど良いスポットがたくさん紹介されている。
半分以上は訪問済みながら、「今度はバイクで♪」と。

各記事の最後には、取材時のバイクも紹介されていて、
我が400Xは2回も登場。そのコメントを総合すると、
「高速道路で遠くまで出かけるのも余裕で、
 現地では小回りが利いて、廃線跡めぐりに最適。」

nyaponの購入時の評価と、完璧なまでに一致。(笑)
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 最適なバイク! (豊橋鉄道 田口線跡)

関東地方の廃線跡もたくさん載っている。
その中には、現役時代に訪れたきりという路線も。
列車の姿に思いを馳せながら、再訪してみようかな。

ここ、小谷(おたり)村の道の駅に何度も来たことがあるのは、
かつて姫川の対岸を走るJR大糸線の撮影に通っていたから。
2010年まで、国鉄時代の気動車が復活国鉄色で走っていた。

nyapotaの初雪見は、雪景色の撮影にここに来た時だし、
紅葉を狙って対岸の山の上まで登ったりもしたけど、
国鉄型のキハ52が引退してからは、すっかりご無沙汰だった。

糸魚川に向かって出発すると、現行のキハ120と並走。
久しぶりに、nyamoと2人で撮り鉄の血が騒いだ。(笑)
クルマの方が遥かに速く、よく知るポイントへ先回り。
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 車両は変わったけど、風景は変わらず

「久しぶりに糸魚川駅にも行ってみようか」と。
新幹線が開業し、最近は鉄道の展示施設もできたらしい。
何度も会いに来た、あのキハ52の1両も保存されている。

新幹線利用者対応の立派な駐車場もできていて、
大きく背の高いキャンカーでも余裕で停めることができた。
駅前には、以前入場券を買ってホームからじっくり撮影した
レンガ造りの車庫の一部も保存されていた。
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 あのレンガ車庫だ・・・

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 キハ52 156と再会

建屋内に保存されたキハ52は、イベント開催時には、
レンガアーチから屋外に引き出されて展示されるとのこと。

125が千葉のいすみ鉄道で走り続けているのも嬉しいけど、
最後に活躍した地で大切に保存された156も幸せ者だ。
ただのお飾りではなく、「待合室」とされているのがいい♪

この156、あの頃は朱色1色の「首都圏色」で運用されていた。
現役時代は、撮影に大忙しで乗り鉄することはできず。
当時はまだいなかったnyamotaも一緒に、ここで念願を達成。
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 みんなで乗れた♪

他にも、プラレールやHO/Nゲージの巨大ジオラマ、
大糸線を中心とした鉄道に関する展示品や書籍・雑誌も。
隣接して、糸魚川ジオパークを紹介するスペース。
どちらかというと、本当はこちらがメインだろう。(苦笑)

nyamota氏は、頭上を走る新幹線も見に行きたいと。
お約束、nyaponと2人で入場券を買って高架ホームへ。
東京からここまで2時間弱で来た「かがやき503号」が通過。
新幹線好きだけど、全力通過シーンは怖いnyamota氏。(笑)
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 少し腰の引けてる人

その後は、宝石拾いに行ってみようと。
姫川流域はヒスイの産地で、糸魚川市の海岸も有名だけど、
今回は県境を越えて富山県朝日町の「ヒスイ海岸」へ。

R8に出て、海岸線を西へ。
断崖絶壁の難所、親不知・子不知を越えて富山入り。
ヒスイ海岸は砂利の浜で、波も大きくガラガラと音が。
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 ヒスイ海岸

この連休、雨も覚悟していたけどすっかり晴れてきた。
日の当たる海岸で石拾いをしていると、汗ばむくらい。
それでも木陰は涼しくて、「暑さ寒さも・・・だな」と。

それで、肝心なヒスイはというと・・・。
nyapotaが「らしきもの」を1個見つけただけで。(苦笑)
単に「綺麗な石」ならたくさんあって、面白かった。
鉱物好きのnyapota氏にも、楽しんで頂けた模様。
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 たまに大波が来て逃げる(笑)

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 こういうのが、そこらに(笑)

ランチは、このあたりの名物らしい「たら汁」にしよう。
来る時に見かけた、海岸から近いドライブインへ。
たら汁の定食と、たら煮の定食を注文して分けることに。

たらの身って調理するとパサパサになることが多いけど、
これは汁も煮物もそんなことは無かった。
特に煮物の肝と子は、風味も濃厚で美味でした♪
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 たら汁

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 たら煮

今回の旅、4日間フルに使って帰るつもりだったのだけど、
やはり1日早く切り上げて、最終日は家でゆっくりすることに。
その方が、混雑や渋滞に遭う恐れも回避できるだろうと。

北陸道・上信越道経由で長野市内。 温泉で夕食も済ませる。
R406で菅平高原を越えて、東御市の道の駅で予定終了。

月曜朝、ナビは関越道・圏央道経由をオススメするけど、
八王子JCTの渋滞が怪しいので、清里高原から中央道経由に。
昨日から「高原」と名の付く所は15℃前後で、本当に涼しい。
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 密だな・・・

中央道回りの判断は正解だった。
圏央道八王子JCTの渋滞はどんどん伸びていたけど、
中央道の方は、大月の合流も上野原の車線減少も順調に。
ただ下り線は、SAやPAごとに本線まで駐車待ち列が・・・。

高速を降りてからも順調で、大盛況の中津川の河原を横目に、
結局最後まで渋滞には遭わず、無事に帰宅できた。
夕方の上り線は、どこも数十キロの渋滞だとか。
明日の連休最終日もだろうから、1日短縮も正解だったかな。

鉄道の駅が無い、我が神奈川県 愛川町。
「愛川」の名前の入った高速のICはあるけど、本体は厚木市で、
肝心な料金所は川を渡った相模原市域にある。(苦笑)

そんな愛川町に、渋谷から鉄道を敷こうという計画が戦前に。
昭和恐慌のあおりで破産、幻となった「相武電気鉄道」。
横浜-海老名間を結ぶ現在の相鉄(相模鉄道)とも、
その相鉄から分離された現在のJR相模線とも、全くの別もの。

渋谷はともかく、横浜線の淵野辺駅から相模川手前の田名まで、
路盤が完成して線路も敷かれ、既に車両も発注されていたそう。
しかも、敷設免許上の終点は、我が田代地区だったという。

廃線跡は好物で、「未成線」に思いを馳せるのもまた良し。
現在は市街地なので、遺構はほとんど残っていないのだけど、
「ほぼ唯一」と言われている物を見に行ってこようかと。
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 この木、昔の航空写真にも写っているように見える

上溝駅予定地は、現在のダイエーとその駐車場のあたり。
その横を流れる川の護岸に、相武電鉄の暗渠の跡が。
少し前まで、暗渠そのものも残っていたのだとか。
現在の川幅を見ると、暗渠ではなく立派な「橋梁」だけど。

「鉄道遺構」とは言い難いけど、幻の相武電鉄の名残。

ちなみにここのダイエー、一時期減っていたドムドムがある。
新会社となって個性的なメニューが増えているらしいけど、
今日は昼食直後に来てしまったのでまたの機会に・・・。
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 台形の部分が暗渠の跡

帰りには、愛川町に入るために相模川を渡る高田橋で小休止。
ここを、鉄道と道路の併用橋で渡る計画だったとのこと。
結局、橋脚が完成しただけで橋が架けられることはなく、
ここから先の愛川町内では工事も行われなかった模様。

当時の土木技術で橋そのものの建設が大変なのはもちろん、
両岸の河岸段丘の急勾配をどう越えるつもりだったのかな。
よほど迂回しないと、碓氷峠級の勾配になるのだけど・・・。
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 相模川を渡る高田橋

免許上の終点とされていた、我が愛川町田代。
中心にあるバス停の名前、現在は「田代」だけど、
以前、古い地図を見た時に「愛甲田代駅」となっていて、
鉄道系キーワードに思わず反応してしまった事がある。

でもこれは、昔の国鉄と神奈中バスの連絡運輸の名残で、
幻の相武電鉄計画とは、もちろん関係ない。(笑)
相武電鉄は「愛川」で、国鉄では「愛甲」という郡名だし。
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 田代(旧 愛甲田代駅)バス停

国鉄との連絡運輸としては東海道線 平塚からの半原線と、
横浜線 淵野辺からの中津線がここで合流して終点の半原へ。
愛甲田代も半原も、国鉄の停車場一覧にも載る「駅」だった。

相武電鉄も近隣路線と同じく、当初の目的は旅客輸送でなく、
相模川での建設用の砂利採取とその輸送だったのだろう。
しかし、昭和恐慌が起こらず、歴史が違う方向へ動いていたら、
我が町に「急行 渋谷行」なんて列車が発着するターミナルが?
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 半原バスターミナル

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 古い案内看板にも「駅」

さらに富士五湖方面に延長という、夢の計画まであったそう。
まあ、もしそうなっていたら「なんちゃって田舎」じゃなく、
我が家がわざわざ引っ越してくることも無かったな。(苦笑)

そんなことを妄想しつつ、山を上って宮ヶ瀬へ足を延ばす。
天気予報がはずれて太陽が顔を出さないので肌寒い。
それでも、いつもの駐車場は、やはりいつもどおりの盛況♪
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 気温は13℃あるのだけど

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 今日はミルクティーで

今日の相棒は、街中散歩に適したnyamoのPCX150。
ヘルメットもオープンフェイスにしたので、顔への風が冷たい。
お約束、幻のクラッチを切ろうとして急ブレーキ1回。(苦笑)

小回りが利くので、牧場に寄り道したりしてから帰宅。
薬を飲んでおいたので良かったけど、そろそろ花粉が・・・。

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