なんちゃって田舎暮らし 別館

当ブログは、我が家のWebサイト「nyaponとnyamoの なんちゃって田舎暮らし」の日記別館です。

カテゴリ: 汽車

毎年この時期、JR各社から春の臨時列車に関するリリースが。
そんな中で、JR東日本のリリースの中に寂しい発表があった。
東京-大垣間の夜行快速、「ムーンライトながら」の運転終了。
昨年春の運行が最後となり、今後は設定されないらしい。

繁忙期に運転され、青春18きっぷの愛用者に人気だったけど、
「お客さまの行動様式の変化により列車の使命が薄れ・・・」
「使用している車両の老朽化に伴い・・・」とのこと。



最近は特急型車両による全車指定席の臨時列車だったけど、
nyaponの世代にとっては、無名の「大垣夜行 340/345M」。

急行型165系のボックスシートで、エビのように眠ったもの。
繁忙期などは、席確保のために何時間も前から行列したり。
割安なグリーン車も人気だったけど、貧乏学生には・・・。
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 これは165系と同型の169系

記憶に残るのは、初の北海道旅に向かうために乗った時。
1986年の春、「国鉄」の終焉まであと1年となっていた。
理由は忘れたけど、大阪から米原の間で列車が遅れて、
米原から大垣までは、特急「しらさぎ」に飛び乗った。

間に合う乗り継ぎ列車が本当に無かったのか、
少しでも早く大垣に着いて、席を確保したかったのか。
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 スタート早々、700円の出費(苦笑)

21時過ぎに大垣発、翌朝4時半くらいに東京着。
どこかで食べた駅そばの出汁で、関東にいるのを実感した。

確か、常磐線経由で鈍行を乗り継いで夜には青森に。
青函連絡船の深夜便から、お約束の「函館ダッシュ」。
確保した始発特急の自由席で、初めての北の大地を眺めた。
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 記念に1枚余分にもらってきたやつ(笑)

10日間ほど道内を乗り回って、再び連絡船で青森へ。
夜行急行の自由席で上野まで戻ってきた。
東北本線経由の「八甲田」、奥羽本線経由の「津軽」、
常磐線経由の「十和田」、どれに乗ったか覚えていない。

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 【1/24 追記】
  周遊券に秋田駅の途中下車印を発見したので、
  奥羽本線経由の急行「津軽」で帰ったことが判明。
  10分の停車時間に、改札まで走ったんだな。(笑)
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東京で夜まで時間をつぶした記憶はないので、
大垣行345Mでなく、昼間に大阪まで乗り継いだのだろう。
始業式の日の直前まで、放浪していたのだろうし。(苦笑)
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 既に過去帳入りした駅名も多い

この北海道旅の写真は全く残っていないのだけど、
途中下車印のたくさん押された周遊券の他に、
大垣夜行に乗り継ぐために車内で買った特急券、
記念にと余分にもらってきた乗船名簿も残っている。

寝台列車とはまた違う、夜行列車の座席のあの雰囲気。
レールサウンドが心地良く、高速バスともまた違って。
旅に出るのに、良くも悪くもスマホなんてものは持たず、
車窓を流れる灯りを眺め、色々なことを考えたあの頃。

本当に「使命が薄れ」てしまったのか分からないけど、
青春時代の思い出の残る列車がまたひとつ・・・。

神奈川を含む1都3県は「緊急事態」な、この連休。
nyaponもnyamoもカレンダーどおりに休暇を取っていて、
「クルマ旅初めにでも」と思っていたのだけど・・・。
こんな時には家でゆっくり、昨年末からの宿題を。

11月のツーリングでめぐってきた、茨城県の鉄道廃線跡。
その時に撮った現在の写真と現役時代の写真を並べて、
定点観測風にして本館サイトにまとめておきたかった。

まずは、日立電鉄の定点観測まとめ(@本館サイト)
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 日立電鉄(2005年4月 廃止)

そして、鹿島鉄道の定点観測まとめ(@本館サイト)
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 鹿島鉄道(2007年4月 廃止)

2004年12月に撮影した画像を、引っ張り出して比較。
そのまま残る風景も、まったく消えてしまった風景もある。
列車の撮影の合間に撮った、オフショットも懐かしい。
当時乗っていたキャンカーとか、まだ若いゆずさんとか。

しかし、一番変わったのは自分たちだったり・・・。
当然ながら、16年前はnyaponもnyamoも若いな。(苦笑)
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 nyamoも、ゆずさんも若いな

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 「お前もな・・・」(苦笑)

年末のお墓掃除も無事に終了したので、翌日は自由日に。
初めてとなる、京都鉄道博物館へ行ってこようかと。
毎年必ず「阪急電車に乗りたい!」というnyamota氏。
今年も到着日からうるさかっけど、やっとご機嫌。(笑)

アンゴラ山羊の毛のシート、木目調のシックな内装
いつもピカピカなマルーンの車体と梅田駅ホームの床。
いまだに阪急ファンの父ちゃんも、もちろんご機嫌♪
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 やっぱり阪急電車が好き♪

隣のホームに、「京とれいん 雅洛」が入線してきた。
特別料金不要で乗れる、京都線の観光列車。
「何これ、私も乗れるの!?」「これ乗ろっ!」
nyamo & nyamota が走って行ってしまった・・・。
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 nyamo「何? このすごい電車!」

6300系を改造した「京とれいん」は知っていたけど、
よく見ると、これは7000系が種車になっている。
もう1編成、「雅洛」というのできて運用していたのね。
なるほど、3扉車なので中央扉が埋められているんだ。
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 快速特急という種別で、特別料金は不要

各車両の車内を見物しながら、nyamo達を追いかける。
畳調のボックスシートや、窓向きのカウンター席、
枯山水や坪庭の配された車両まであるぞ! すごいな♪

通勤電車ですら、桁外れな内装の質感を誇る阪急電車。
その阪急が特別車両を作るとこうなる・・・。
nyamota以上に、nyamoがすっかりご機嫌だ。(笑)



十三までの三複線区間では、神戸線・宝塚線と競争を。
学生の頃は、三線同時発車が楽しみだったなぁ♪

また京都線名物、山崎付近の新幹線との並走区間では、
お約束の追い抜きシーンもあってnyamotaもご満悦の様子。
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 「すごい電車だね!」

桂駅で下車して、バスで梅小路公園まで。
山陰線に新しい駅ができて、デルタ線も無くなった?
そして少し歩いて、隣接する京都鉄道博物館に到着。
京都の方は「てっぱく」とは呼ばないのかな。

梅小路蒸気機関車館の頃以来となるここ。
拡張リニューアルで鉄道博物館となってからは初めて。
子供の頃親しんだ、大阪弁天町にあった交通科学館から
継承した展示車両も多いらしいので、ちょっと楽しみ♪
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 まずはエントランスで記念撮影

コロナ対応で、入場は原則として前売り券所持者のみ。
体験展示は一部中止されていたり、抽選制だったり。
館内も混雑というほどではなく、ちょっと安心した。

本館に入って最初の展示車両は、新幹線500系。
やはりJR西日本の施設としては、エースはこれ。

「別に鉄道は・・・」という長男nyapota氏だけど、
500系だけは好き。「スタイリッシュだぁ」と。(笑)
2年前は、姫路駅へハローキティ号も見に行ったな。
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 これは兄貴も好きなやつ(笑)

近代化遺産、文化財的な展示物は、大宮の方が多いかな。
それでも、西日本地区由来の車両が多くて楽しい。
関西出身の鉄としては、こちらの方が親しみは感じる。

大宮のてっぱくには、増築されてから行けてないけど、
こちらの方が面積が広くて展示車両も多い気がする。
各形式のトップナンバー車が多いのも面白い。

電機では、EF65のトップナンバーやEF58 150とは、
1986年の国鉄吹田機関区 撮影会以来の再会だった。
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 交通科学館以来の再会となるキハ81(右)

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 父ちゃん世代のアイドル「ゴハチ」ことEF58(左)

DD51とEF66は、かさ上げ展示が興味深い。
機関車の下側をじっくり見られる機会など無いので。

実は、ここが平安京の朱雀大路の跡に位置していて、
その地下遺構を傷つけないためのかさ上げ展示とのこと。
さすが、どこを掘っても遺跡が出てくる奈良・京都だ。
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 ロクロクを下からじっくり♪

鉄道系の博物館といえば、巨大ジオラマ。
もちろん、観覧席はソーシャルディスタンスを保って配置。
主に、JR西日本と関西の私鉄のHOゲージ車両が走行する。

今年は「新快速電車 運転開始50周年」で、企画展示も。
父ちゃんは、新快速といえば153系・117系の世代。
昔から「特急より速い」というのが、関西人の自慢だった。
以前は特急・新幹線停車駅の新大阪すら通過したから。
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 正面席は混んでいたのでサイドから

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 153系 新快速「ブルーライナー」が懐かしい

レストランや屋上からは、隣接する東海道線がよく見える。
新幹線も在来線も数分おきに列車が行き交い、
nyamota氏は「ここ、パラダイスじゃん♪」と。(笑)

新幹線なら、大宮の方が様々な形式を見られるけど、
nyamotaはまだ小さい頃なので覚えていない。(苦笑)
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 あっ、N700S 初めて見た!

最後に、旧蒸気機関車館のエリアへ。
ここの扇形庫は、重要文化財であり土木学会選奨土木遺産。
そして、梅小路運転区として現役の施設でもある。

10月に不具合が発生したという、やまぐち号のC57 1も
冬の里帰り中だったけど、来年以降は大丈夫なのかな?
もう何度も、故障と修繕を繰り返してるから・・・。
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 機関車「館」が「庫」になってた

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 こういうの大好きな人(笑)

本当は、ミュージアムショップも楽しみにしていた。
しかし、コロナ対応で整理券による入場制限中。
「また、今度の機会にしようか」と、博物館を出る。

この後、梅小路公園内の京都水族館も見学する予定。
バッテリー式で動態保存された、京都市電で移動する。
明治村のものと違って、わずか210mではあるけど。
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 もちろん発車時は「チンチーン♪」

水族館見学後、京都駅までトコトコと街歩き。
そして、相変わらず古都らしくはない京都駅舎に到着。
目の前の京都タワーも、昔から色々言われていたけど。

行きは阪急だったので、帰りはJRで大阪まで。
大阪駅も、昔の汽車駅の風情が無くなって久しい。
もう関西人でもないnyaponだけど、ちょっと寂しい。

最後は、やはりマルーンカラーの阪急に乗ってホテルへ。
551蓬莱の豚まんの香りをプンプンさせながら。(苦笑)
今日は、電車三昧の一日でした♪

秋のツーリングを検討していた時、宿泊と組み合わせると、
高速道路の「二輪車ツーリングプラン」の料金にも、
GoToトラベルの割引が適用されるということを知った。
もちろん、地域クーポン券の還元の対象にも。

よし「東北道・常磐道コース ミニ」で、茨城に行こう♪
月曜日に休暇を取って、日・月の2日間で。
まずは、ずっと見たかった産業遺産の見学に、日立市へ。
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 最近、コーヒーよりお気に入り

まだ暗くて寒い、日曜の朝6時前に出発。
本当に寒くて、トンネルに入った時の暖かさが嬉しい。
圏央道 菖蒲PAまでがんばって、朝ごパン休憩。

つくばJCTから久しぶりの常磐道に入っても順調に。
日が出てもやはり寒く、友部SAでスープ休憩。
コーラの自販機で買えるこれ、最近のお気に入り。

目的地よりひとつ手前の日立南太田ICで降りてR6へ。
直行すると、ツーリングプランが適用されないので。
日立中央ICの横を抜けて、山の方に向かう。
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 日立鉱山電車の橋梁遺構

左側は、日立駅と日立鉱山を結んでいた鉱山電車の廃線跡。
そして、右手にJX金属(旧 日鉱金属)の工場が広がると、
山の上の方には・・・
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 日立の「大煙突」

ずっとこれを見たかった。
1993年の倒壊で1/3の高さになってしまったとはいえ、
昔から街のシンボルとして市民にも愛されていたのだと。

環境問題への対策としての一大プロジェクトながら、
大煙突での排煙拡散は、やはり当時も賛否両論あったそう。
鉱山跡地にあり、その歴史も学べる「日鉱記念館」へ。
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 模擬坑道

本館には、「日鉱」「日立」「日産」と付く多くの企業の
ルーツとなる、日立鉱山の歴史や鉱山のくらしなどなど。
大煙突建設の経緯や、倒壊前の姿も見ることができた。

敷地内の木造のコンプレッサー室はそのまま保存され、
鉱山資料館として削岩機や鉱石標本などを展示。
この建屋の構造自体も、とても興味深いものだった。
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 鉱山資料館

その後、山を越えてR349に抜け、常陸太田市街へ。
この時期ここに来たからには、ランチは「常陸秋そば」♪
最初に立ち寄ってみた店は、コロナの影響で休業中。

「確か、道の駅でも食べられたはずだぞ。」
急きょ行ってみたら、ちゃんと目の前で蕎麦打ち中。
「新そば」の幟も出ていて、ご機嫌に。
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 うまうまでした♪

午後は、廃線跡めぐりの予定。
2004年12月に茨城のローカル私鉄めぐりをした。
その後廃止されてしまった、2つの路線に再訪してみよう。
その時撮影した場所の現況も見てみたいし。

まずは、ここ常陸太田と鮎川を結んでいた日立電鉄。
上記リンク1枚目の写真の橋梁に行ってみたけど、
橋脚どころか橋台の痕跡すら、一切残っていなかった。

道路を越える部分の橋台は現存していたけど、
土手の整備工事が進行中だったので、いつまで残るか。
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 奥の川の方は痕跡無し

続いて、R293の跨線橋から撮影した場所。
こちらは、線路跡が立派な道路に転用されていて、
16年前に見た、列車が走っていた情景を思い浮かべられた。
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 2004年12月

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 2020年11月

次は、鉾田と石岡を結んでいた鹿島鉄道の廃線跡へ。
日立南太田ICから常磐道、北関東道、東関東道を乗り継ぎ、
一気に鉾田まで。 乗り放題のツーリングプランを有効活用。

最初に、温泉施設に保存された車両たちと再会。
定期的に公開したり、大切にされているようで嬉しい。
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 保存状態は良好で

車両を見た後、現役時代に立ち寄ったことは無いものの、
ホームがそのまま残っているという2つの駅跡を訪問。
途中で見える、鉄橋の遺構に立寄ったりしながら。
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 坂戸駅跡

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 小川高校下駅跡

その後は、じっくり撮影した常陸小川駅跡へ。
貨物上屋も残り「鹿島のカバさん」も保存されていた。
あの頃、クルマはキャラバンで、ゆずさんも若かった。

現在はバスターミナルになっていて、面影は無し。
ただ、駅裏の住宅には当時から建っていた物もあり、
何とか定点観測風の写真は撮ることができた。
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 2004年12月

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 2020年11月

当時の写真には、通学中の高校生も写っていたけど、
彼ら彼女らも、もう30歳以上になっている。
沿線の高校生が存続運動を続けていたのを思い出す。

最後に、航空写真で目を付けていた場所へ。
踏切跡にまだレールが残っているはず!
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 あった♪

このあたりから先、石岡まではバス道路に転用された。
その様子を、並走する国道から眺めながら進む。

暗くなる前に石岡市街のビジホにチェックインして、
無事に初日は終了。

以前からの趣味のひとつである、鉄道の廃線跡めぐり

昨年の3月には、奥三河ツーリングのメインテーマとして、
豊橋鉄道 田口線の廃線跡をめぐってきたけど、
狭い道でも入って行けて、遺構を見つけたら気軽に停車、
Uターンもラクチンなバイクは「相性が抜群だな!」と。

やはり同好の士には、同じ意見の方がいらっしゃった。
定期購読しているツーリング雑誌をめくっていると、
「バイクで行く廃駅・廃線めぐり」という本の紹介が。
栗栖国安さんが「旅と鉄道」誌に連載していたものだと。
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 早速、お買い上げ♪

徒歩が前提の廃線跡本は今までもたくさんあったけど、
「廃線跡めぐりツーリング」の本は初めてで面白い。

藪をかき分けて前進したり、崖を登り下りするような
「探検」まではするつもりはないので、
ちょうど良いスポットがたくさん紹介されている。
半分以上は訪問済みながら、「今度はバイクで♪」と。

各記事の最後には、取材時のバイクも紹介されていて、
我が400Xは2回も登場。そのコメントを総合すると、
「高速道路で遠くまで出かけるのも余裕で、
 現地では小回りが利いて、廃線跡めぐりに最適。」

nyaponの購入時の評価と、完璧なまでに一致。(笑)
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 最適なバイク! (豊橋鉄道 田口線跡)

関東地方の廃線跡もたくさん載っている。
その中には、現役時代に訪れたきりという路線も。
列車の姿に思いを馳せながら、再訪してみようかな。

ここ、小谷(おたり)村の道の駅に何度も来たことがあるのは、
かつて姫川の対岸を走るJR大糸線の撮影に通っていたから。
2010年まで、国鉄時代の気動車が復活国鉄色で走っていた。

nyapotaの初雪見は、雪景色の撮影にここに来た時だし、
紅葉を狙って対岸の山の上まで登ったりもしたけど、
国鉄型のキハ52が引退してからは、すっかりご無沙汰だった。

糸魚川に向かって出発すると、現行のキハ120と並走。
久しぶりに、nyamoと2人で撮り鉄の血が騒いだ。(笑)
クルマの方が遥かに速く、よく知るポイントへ先回り。
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 車両は変わったけど、風景は変わらず

「久しぶりに糸魚川駅にも行ってみようか」と。
新幹線が開業し、最近は鉄道の展示施設もできたらしい。
何度も会いに来た、あのキハ52の1両も保存されている。

新幹線利用者対応の立派な駐車場もできていて、
大きく背の高いキャンカーでも余裕で停めることができた。
駅前には、以前入場券を買ってホームからじっくり撮影した
レンガ造りの車庫の一部も保存されていた。
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 あのレンガ車庫だ・・・

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 キハ52 156と再会

建屋内に保存されたキハ52は、イベント開催時には、
レンガアーチから屋外に引き出されて展示されるとのこと。

125が千葉のいすみ鉄道で走り続けているのも嬉しいけど、
最後に活躍した地で大切に保存された156も幸せ者だ。
ただのお飾りではなく、「待合室」とされているのがいい♪

この156、あの頃は朱色1色の「首都圏色」で運用されていた。
現役時代は、撮影に大忙しで乗り鉄することはできず。
当時はまだいなかったnyamotaも一緒に、ここで念願を達成。
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 みんなで乗れた♪

他にも、プラレールやHO/Nゲージの巨大ジオラマ、
大糸線を中心とした鉄道に関する展示品や書籍・雑誌も。
隣接して、糸魚川ジオパークを紹介するスペース。
どちらかというと、本当はこちらがメインだろう。(苦笑)

nyamota氏は、頭上を走る新幹線も見に行きたいと。
お約束、nyaponと2人で入場券を買って高架ホームへ。
東京からここまで2時間弱で来た「かがやき503号」が通過。
新幹線好きだけど、全力通過シーンは怖いnyamota氏。(笑)
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 少し腰の引けてる人

その後は、宝石拾いに行ってみようと。
姫川流域はヒスイの産地で、糸魚川市の海岸も有名だけど、
今回は県境を越えて富山県朝日町の「ヒスイ海岸」へ。

R8に出て、海岸線を西へ。
断崖絶壁の難所、親不知・子不知を越えて富山入り。
ヒスイ海岸は砂利の浜で、波も大きくガラガラと音が。
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 ヒスイ海岸

この連休、雨も覚悟していたけどすっかり晴れてきた。
日の当たる海岸で石拾いをしていると、汗ばむくらい。
それでも木陰は涼しくて、「暑さ寒さも・・・だな」と。

それで、肝心なヒスイはというと・・・。
nyapotaが「らしきもの」を1個見つけただけで。(苦笑)
単に「綺麗な石」ならたくさんあって、面白かった。
鉱物好きのnyapota氏にも、楽しんで頂けた模様。
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 たまに大波が来て逃げる(笑)

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 こういうのが、そこらに(笑)

ランチは、このあたりの名物らしい「たら汁」にしよう。
来る時に見かけた、海岸から近いドライブインへ。
たら汁の定食と、たら煮の定食を注文して分けることに。

たらの身って調理するとパサパサになることが多いけど、
これは汁も煮物もそんなことは無かった。
特に煮物の肝と子は、風味も濃厚で美味でした♪
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 たら汁

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 たら煮

今回の旅、4日間フルに使って帰るつもりだったのだけど、
やはり1日早く切り上げて、最終日は家でゆっくりすることに。
その方が、混雑や渋滞に遭う恐れも回避できるだろうと。

北陸道・上信越道経由で長野市内。 温泉で夕食も済ませる。
R406で菅平高原を越えて、東御市の道の駅で予定終了。

月曜朝、ナビは関越道・圏央道経由をオススメするけど、
八王子JCTの渋滞が怪しいので、清里高原から中央道経由に。
昨日から「高原」と名の付く所は15℃前後で、本当に涼しい。
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 密だな・・・

中央道回りの判断は正解だった。
圏央道八王子JCTの渋滞はどんどん伸びていたけど、
中央道の方は、大月の合流も上野原の車線減少も順調に。
ただ下り線は、SAやPAごとに本線まで駐車待ち列が・・・。

高速を降りてからも順調で、大盛況の中津川の河原を横目に、
結局最後まで渋滞には遭わず、無事に帰宅できた。
夕方の上り線は、どこも数十キロの渋滞だとか。
明日の連休最終日もだろうから、1日短縮も正解だったかな。

鉄道の駅が無い、我が神奈川県 愛川町。
「愛川」の名前の入った高速のICはあるけど、本体は厚木市で、
肝心な料金所は川を渡った相模原市域にある。(苦笑)

そんな愛川町に、渋谷から鉄道を敷こうという計画が戦前に。
昭和恐慌のあおりで破産、幻となった「相武電気鉄道」。
横浜-海老名間を結ぶ現在の相鉄(相模鉄道)とも、
その相鉄から分離された現在のJR相模線とも、全くの別もの。

渋谷はともかく、横浜線の淵野辺駅から相模川手前の田名まで、
路盤が完成して線路も敷かれ、既に車両も発注されていたそう。
しかも、敷設免許上の終点は、我が田代地区だったという。

廃線跡は好物で、「未成線」に思いを馳せるのもまた良し。
現在は市街地なので、遺構はほとんど残っていないのだけど、
「ほぼ唯一」と言われている物を見に行ってこようかと。
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 この木、昔の航空写真にも写っているように見える

上溝駅予定地は、現在のダイエーとその駐車場のあたり。
その横を流れる川の護岸に、相武電鉄の暗渠の跡が。
少し前まで、暗渠そのものも残っていたのだとか。
現在の川幅を見ると、暗渠ではなく立派な「橋梁」だけど。

「鉄道遺構」とは言い難いけど、幻の相武電鉄の名残。

ちなみにここのダイエー、一時期減っていたドムドムがある。
新会社となって個性的なメニューが増えているらしいけど、
今日は昼食直後に来てしまったのでまたの機会に・・・。
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 台形の部分が暗渠の跡

帰りには、愛川町に入るために相模川を渡る高田橋で小休止。
ここを、鉄道と道路の併用橋で渡る計画だったとのこと。
結局、橋脚が完成しただけで橋が架けられることはなく、
ここから先の愛川町内では工事も行われなかった模様。

当時の土木技術で橋そのものの建設が大変なのはもちろん、
両岸の河岸段丘の急勾配をどう越えるつもりだったのかな。
よほど迂回しないと、碓氷峠級の勾配になるのだけど・・・。
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 相模川を渡る高田橋

免許上の終点とされていた、我が愛川町田代。
中心にあるバス停の名前、現在は「田代」だけど、
以前、古い地図を見た時に「愛甲田代駅」となっていて、
鉄道系キーワードに思わず反応してしまった事がある。

でもこれは、昔の国鉄と神奈中バスの連絡運輸の名残で、
幻の相武電鉄計画とは、もちろん関係ない。(笑)
相武電鉄は「愛川」で、国鉄では「愛甲」という郡名だし。
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 田代(旧 愛甲田代駅)バス停

国鉄との連絡運輸としては東海道線 平塚からの半原線と、
横浜線 淵野辺からの中津線がここで合流して終点の半原へ。
愛甲田代も半原も、国鉄の停車場一覧にも載る「駅」だった。

相武電鉄も近隣路線と同じく、当初の目的は旅客輸送でなく、
相模川での建設用の砂利採取とその輸送だったのだろう。
しかし、昭和恐慌が起こらず、歴史が違う方向へ動いていたら、
我が町に「急行 渋谷行」なんて列車が発着するターミナルが?
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 半原バスターミナル

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 古い案内看板にも「駅」

さらに富士五湖方面に延長という、夢の計画まであったそう。
まあ、もしそうなっていたら「なんちゃって田舎」じゃなく、
我が家がわざわざ引っ越してくることも無かったな。(苦笑)

そんなことを妄想しつつ、山を上って宮ヶ瀬へ足を延ばす。
天気予報がはずれて太陽が顔を出さないので肌寒い。
それでも、いつもの駐車場は、やはりいつもどおりの盛況♪
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 気温は13℃あるのだけど

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 今日はミルクティーで

今日の相棒は、街中散歩に適したnyamoのPCX150。
ヘルメットもオープンフェイスにしたので、顔への風が冷たい。
お約束、幻のクラッチを切ろうとして急ブレーキ1回。(苦笑)

小回りが利くので、牧場に寄り道したりしてから帰宅。
薬を飲んでおいたので良かったけど、そろそろ花粉が・・・。

年内にバイクに乗れるのは、おそらくこの週末が最後に。
どこかに「乗り納めツー」に行ってこよう。

ゆずさんの鉄道写真モデル時代の写真を見て思いついた。
台風被害で不通区間のある「小湊鐵道」を応援しに行こう。
時間的に乗ってくるのは厳しいけど、グッズを買ったりして。

土曜朝 7:30、しっかり明るくなってから出発。
あれ? 昨日までの予報に反して、めっちゃ曇天だけど。(苦笑)
ナビをセットすると首都高湾岸線やアクアラインが真っ赤で、
心が折れそうになったけど「通過する頃には解消するはず!」。
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 横浜港の大黒PAなんて、20年ぶりくらいか

位置的に微妙な上、グルグル回ってアクセスするのが面倒で、
クルマでも滅多に立ち寄らない大黒PAに、バイクでは初めて。

保土ケ谷BPで少しノロノロになったものの、湾岸もアクアも順調。
無理して早朝出発したら、あの渋滞に突っ込んでいた。
冬ツーの基本で明るくなってから出発したけど、正解だった。
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 でも、千葉方面も曇天らしいな・・・

圏央道 市原鶴舞ICで降りて、R297を南下。
まずは、小湊鐵道と接続する、いすみ鉄道の大多喜駅を目指す。
「小湊鐵道復興応援切符」というのを買いに行こうと。
銚子電鉄とも共同で発売し、購入すると3社の支援になるのだと。

窓口で尋ねると、いすみ鉄道発行分は完売とのことで残念!
しかし、隣接の車庫では、1両だけ残るいすみ200型と、
大糸線に何度も会いに行った、キハ52 125と再会できてご機嫌♪
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 「よう、久しぶり!」

この後は、高速走行で冷えた体を一旦温めようというプラン。
勝浦市まで南下して、温泉&早めのランチをと。
温泉の食堂で、B級グルメの「勝浦タンタンメン」が食べられる。

黄褐色で少しヌルヌル系のお湯は、よく温まって気持ち良く、
ピリ辛ながら玉ネギの甘味もある、タンタンメンも美味でした♪
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 勝浦タンタンメン

温泉のおかげで、寒さで固まっていた体はほぐれてポカポカ♪
ワークマンで買ったミドルレイヤーも、いい仕事してる。(笑)
いすみ鉄道との接続駅、上総中野駅から小湊鐵道沿いを北上。

不通区間の里見駅以南では、真っ赤に錆びた線路が痛々しい。
里見~養老渓谷間は、年内に復旧見込みとのことだけど。
並行する道路も法面の復旧工事が多く、交互通行が何か所も。
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 線路が真っ赤

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 軌陸車と重機で復旧工事中

「復興応援切符」が買えなかったし、グッズを購入していこう。
暫定折り返し駅になっている里見駅に到着すると、ちょうど列車が。
ここから終点の上総中野に向かう、列車代行バスも待機中。

グッズは、創業100年記念誌とハンドタオルをお買い上げ。
キハ200の刺繍の入ったタオルは、小湊好きのnyamoへのおみやげ。
今治タオル使用とのこと。 寄付くらいの心づもりなのだけど、
ずいぶんコストも掛かっていそうで、応援になるのかな?(苦笑)
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 がんばれ小湊鐵道!

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 記念誌&ハンドタオル

最後に、何度も列車の撮影に訪れている上総鶴舞駅に立ち寄り。
CMやドラマにもよく登場する、美しい駅舎。
今日も、駅舎見物が目的の人たちが何人も訪れていた。

駅の向かいにある発電所跡の脇に、カフェがオープンしている。
旧発電所建屋も昔はただの廃墟だったけど、国登録有形文化財に。
近代化遺産好きとしても、スルーする訳にはいかない。
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 Mobile Cafe 「幸之助」 さん

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 発電所建屋も見学OK

残念ながら列車の通過時刻ではなかったけど、目の前が線路。
キハ200やトロッコ列車を眺めながらのコーヒーとか最高♪
発電所建屋には、登録文化財として説明看板も設置されていた。

甘い物をつまみたかったので、あんこパンも注文。
曇天なのが惜しいけど、美味しいコーヒーでのんびりできた。
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 うまうま♪

2017年に22か所もの施設が文化財に登録された、小湊鐵道。
本当に、車両も駅も「昭和の鉄道の原風景」が残っている。
維持管理も大変だろうし、継続的に応援していきたいもの。
やはり鉄道なんだから、また「乗って応援」できる機会を。

最後に駅舎側にも立ち寄って、バイクでは初の記念撮影。
ここも、ゆずさんと何度も訪れた思い出の駅なんだよなぁ。
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 駅本屋も貨物上屋も、国登録有形文化財に

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 モデル:ゆずさん&nyamo @2009年

さあ、アクアラインの渋滞が始まる前に帰ろう!
朝と同じ、圏央道 市原鶴舞ICから帰途に。

横風を心配したけど、8m/s程度でそれほどではない。
キャンカーで20m/sを越えると、車線内を走るのも難しい。(笑)
クルマは多いけど、まだ順調。 海ほたるも通過して、先を急ぐ。
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 海ほたる通過!

首都高湾岸線から保土ケ谷BPまでは、極めて順調に。
R16に降りるあたりで予想以上の渋滞が発生していたけど、
相模原経由で、何とか無事に真っ暗になる前には帰宅できた。

放射冷却で寒くても、青空の下で走り納めしたかった!(苦笑)

10月の台風で、大きな被害の出た箱根。
いまだに、強羅ー仙石原間の国道にも不通の区間があり、
箱根登山鉄道など全線復旧は来年の秋になるという。

火山活動の風評被害のころに続いて、再び「箱根応援」だ!
年に1回くらい遊びに出かける、箱根小涌園「ユネッサン」へ。
小田原厚木道路から国道1号で箱根湯本を抜け、小涌谷まで。
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 ちょうど紅葉のポイントも

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 箱根登山鉄道 蛇骨陸橋付近

「紅葉がきれい♪」なんて言いながら、登山電車の線路を横目に。
ニュースで見て知ってはいたけど、蛇骨陸橋のあたりでは、
完全に橋も橋脚も流されて、どこに線路があったのやら・・・。

箱根駅伝の時には電車を停めて選手を通すことで有名な、
小涌谷踏切も警報機にカバーが掛けられて休止状態に。
しばらく乗ってないけど、運行が再開されたら乗りに来よう。
がんばれ、箱根登山鉄道!
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 小涌谷踏切

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 線路内には重機が

9:00のオープンに合わせ、ユネッサン到着。 まだ空いている。
敷地内でも斜面が崩れたのか、駐車場の一部は閉鎖中。

チェックインを済ませて着替え、まずは水着ゾーンへ。
屋内エリアのジャグジーでくつろいだり、ビーチボールで遊んだり、
ワイン風呂、コーヒー風呂、緑茶風呂、酒風呂を周ったり。
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 「寒い寒い!」

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 「まだ空いてるね♪」

その後は屋外エリアにも。
濡れたラッシュガードのせいで、風が吹くとかえって寒い!

チビ達は、スライダーを滑ったり走り回って遊ぶけど、
大人の方はすぐに湯気の上がる温泉に飛び込む。(苦笑)
浸かってしまえば、紅葉と流れる雲を眺めながらご機嫌♪
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 ワイン風呂

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 「気持ちいぃー♪」

早めにランチを済ませて、更衣室から温泉ゾーンへ。
どちらかというと、大人の方はこちらでくつろぐのが主目的。
やはり、温泉は裸で入るもんだ。(笑)
こちらも、紅葉を眺めながらの露天風呂は最高♪

お土産コーナーに立ち寄り、お饅頭を仕入れてから帰途に。
湯本の駅前が少し混んだけど、ほぼ順調に明るいうちに帰宅。

来年は、紅葉の中を行く登山電車の姿がみられますように。

就職して神奈川に来て、まだクルマも持っていなかったころ、
海老名と横浜を結ぶ、相模鉄道の沿線に住んでいた。
観光ガイド片手に横浜に遊びに行く時にも、よく利用した。

その相鉄線が、今月末に念願だった都心直通を果たす。
何しろ、首都圏の「大手私鉄」の中では唯一、
都内に乗り入れておらず、他社線との直通運転もなかった。



西谷駅から東海道貨物線の横浜羽沢駅の間に、連絡線を建設。
横須賀線・埼京線経由で、新宿・大宮・川越方面へ直通する。

今日、用事があって相鉄線で横浜に出かけたのだけど、
各駅では開業予告のポスターやバナーがいたるところに。
相模大塚駅の留置線には、既にJR埼京線のE233系の姿も。
久々に、「鉄」の血が騒いでキョロキョロ・・・。(笑)
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 真ん中と、真ん中をつなぐ

横浜の「真ん中」と東京の「真ん中」というのがポイント。
海老名・大和~新宿方面直通なので、実は横浜駅は無縁。
それどころか、一部の列車は、相鉄の本拠地に来なくなる。
とはいえ、沿線の価値向上という意味は大きいのだろう。

我が家からだと、新宿ならば当然今後も小田急線を使う。
横浜羽沢から東横線日吉への連絡線を建設していて、
2022年開業予定という相鉄・東急直通線の方に期待かな。

途中の新横浜に駅ができ、海老名から乗り換えなしになる。
数少ない小田原停車の「ひかり」が選べなくても、(苦笑)
大混雑&乗換えの面倒な新横浜駅へのアクセスが楽に♪

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